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A級戦犯、B級戦犯、C級戦犯とはどういったこと?

   

A・B・C級戦犯とは

 

戦犯と言う事は、戦争犯罪者と言う意味ですが、A級戦犯とかB級戦犯とかは

たとえばb級グルメとかC級グルメとか、A・B・Cでランクが分かれている

ように思う人もいるようですが、実はこのA・B・Cと言うのはランクでは

ないのです

 

日本は太平洋戦争で敗戦してポツダム宣言にもとづき、極東国際軍事裁判

(東京裁判)が行われその裁判で判決が行われました。

 

裁判ですので、何らかの根拠法が無ければなりませんが、この裁判では

極東国際軍事裁判所憲章第6条というものがあり、その中に規定が書かれて

いて「a 平和に対する罪」「b 通例の戦争犯罪」「c 人道に対する罪」

3類型になっていて、極東国際軍事裁判所条例上の単なる分類ですが、

和訳の時に級と言う字をあてたため、刑に軽重があるかのように思われる

事になっています。

 

ちなみにA級戦犯とされた人のうち東条英機陸軍大将(元総理大臣)はじめ

7人が死刑となりましたが、当時A級戦犯とされた岸信介はのちの総理大臣に

なり、その他大臣も数名出ています。

 

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A・B・C級戦犯その後

 

A級戦犯、B級戦犯、C級戦犯各々死刑者も合計で1000人以上出ました。

 

その後国会でA級戦犯を含むすべての戦犯の死を「法務死」として遺族への

年金や恩給を支払うことにし遺族の救済や名誉の回復を行なうことを決め

ました。

 

昭和27年に、服役中の1224名の「戦犯」について日本中で戦犯の早期釈放

を求める署名運動があり約4000万人の国民署名が集まりました。

 

昭和28年8月の国会で全員一致で戦犯釈放を求める国会決議が決議されました。

 

「戦傷病者戦没者遺族等援護法」「恩給法」の改正をし「戦犯」とされた

人々を国内法上での犯罪者としないことにしました

 

サンフランシスコ講和条約第11条第2項で、東京裁判を行った国の過半数の

同意を得た場合は「戦犯」を赦免できることになっていました

 

この事で日本は各国に働きかけて昭和31年3月「A級戦犯」全員赦免・釈放

昭和33年55月「BC級戦犯」全員赦免・釈放が国際上認められました。

 

したがって、この時点で日本にはA級戦犯、B級戦犯、C級戦犯と言うものは

誰もいないと言う事になったわけです。

 

こういった史実は国会議員でも知らない人が多いのが現実で、A級戦犯を

合祀したと言う事で態度を硬化させている国に対しても、説明できると

思いますがいかがでしょうか?

 

 

 

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